給与デジタル払いの仕組みと導入による企業への影響を詳しく解説

近年、新しい給与の支払い方法として「給与デジタル払い」が話題となっています。すぐにも導入されそうにも思われましたが、2021年現在、厚生労働省の審議会で議論は続いており、導入までもう少し時間がかかると見られています。
この記事では、給与デジタル払いの仕組みや、導入によって企業が受ける影響、メリット・デメリットを解説します。

本記事は、社会保険労務士の玉上氏に執筆いただきました。専門家の目線から、給与前払いサービスについて詳しく解説しています。

玉上 信明(たまがみ のぶあき)

社会保険労務士。三井住友信託銀行にて年金信託や法務、コンプライアンスなどを担当。定年退職後、社会保険労務士として開業。執筆やセミナーを中心に活動中。人事労務問題を専門とし、企業法務全般や時事問題にも取り組んでいる。
【保有資格】社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー

給与デジタル払いとは

給与デジタル払いとはどのようなものでしょうか。簡単に確認しておきましょう。

給与は現金払いが原則で銀行振込みも可能!デジタル払いは第3の方法

労働基準法では、企業が従業員に給与を払うときには、通貨すなわち現金で従業員に全額を払わなければいけないことになっています。ただし、確実な支払い方法として認められた場合には、別の支払い方法を取ることができます。

労働基準法
第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払(中略)うことができる。

引用:昭和二十二年法律第四十九号労働基準法|e-Gov

現在では、多くの企業で給与の銀行振込がごく普通におこなわれていますが、これは現金払いの原則の例外として特別に認められています。

給与のデジタル払いとは、銀行振込み以外にも「〇〇ペイ」といったスマホ決済サービスへの振込みも認めようというものです。
要するに、原則としての「現金払い」、例外としての「銀行振込」のほかに第3の支払い方法としてデジタル払いが存在します。

給与デジタル払いが浮上した理由

給与デジタル払いは、もともと政府の未来投資会議における成長戦略のメニューであり、社会全体のデジタル化推進策の一つです。給与は生活資金の基盤なので、給与払いのデジタル化を解禁すれば社会のキャッシュレス化を加速させ、国全体のデジタル化が促されると考えられたものです。

話題となってからすぐにも導入されるかと思われましたが、後で説明するようにさまざまな問題が各方面から指摘されています。
また、労働組合の代表である連合は、この制度に反対する姿勢を明確に打ち出しています。企業側もメリットを期待しつつ、多少ためらいがあるようです。

給与デジタル払いの仕組みとは?

給与デジタル払いはどのような仕組みなのでしょうか。
銀行振込と比べて、どのような違いがあるのかも理解しおきましょう。

1. 給与デジタル払いの仕組み

給与デジタル払いは、資金移動業者が運営している、PayPayやLINE Payといったスマホ決済サービスにも給与を振り込めるようにするものです。
具体的には、資金移動業者が発行するプリペイド(前払い)式の給与振り込み用カード「ペイロールカード」の導入が検討されています。

2. ペイロールカードとは

前項でも紹介しましたが、ペイロールカードは資金移動業者が発行するプリペイド(前払い)式の給与振り込み用カードです。企業は銀行などの金融機関を経由せずに、直接ペイロールカードの残高に振り込むことができます。

給料をデジタル払いで受け取った従業員は、ペイロールカードを資金移動業者のサービスと連携して、給与を残高として扱えるようになれば、すぐにスマホ決済できます。

スマホ決済サービスを頻繁に利用していた人は、これまでのように、銀行振込で給与を受け取ってからスマホ決済サービスの残高にチャージをする必要がなくなります。

なお、ペイロールカードを利用して、ATMで現金を引き出すことも可能とされています。

3. 給与デジタル払いの担い手「資金移動業者」の定義

それでは、給与デジタル払いの担い手「資金移動業者」とはどのようなものでしょうか。

資金移動業者とは、法律上「銀行その他の金融機関以外の者で、為替取引を業として営む者」とされ、財務局の登録を受けた業者です。プリペイドカードや暗号資産(暗号通貨)は対象外とされ、2021年5月末時点で80事業者とされています。(※1)

銀行などの金融機関とは次のような違いがあり、銀行と比べての信頼性に問題が指摘されています。

まず、許認可に関しては、銀行は許可制となっていますが、資金移動業は登録制です。資金移動業は、銀行のように金融庁が厳格に審査して許可するわけではありません。要は、登録要件を満たせば営業できるので、問題のある事業者が存在する可能性があります。

このため、連合などの労働組合は、給与デジタル払いが本当に労働者のためになるのかを問題視しています。

※1:資金移動業者登録一覧|金融庁

給与デジタル払いにおける懸念点

銀行では、口座から第三者によって預金を引き出されるなどの不正利用をされた場合には、預金者保護法という法律によって補償されます。預金者に過失がなければ、全額補償を受けることができます。

しかし、資金移動業者の場合、このような共通の補償ルールがありません。個々の資金移動業者の約款で定められているだけであり、不正利用されたときには、お金が戻ってこない可能性も指摘されています。

そして、事業者破綻時の保全や払い戻しについては、銀行が破綻したときは預金保険制度で、1,000万円までは保全されます。また、払い戻しも数日程度で完了します。

一方で、資金移動業の場合は「全額保全」といっても、実際には最大10日間ほどのタイムラグをもって供託されるのであり、破綻の時期次第では十分な保全が図れない可能性があります。

さらに、破綻時の払い戻しまでの期間は最低3カ月〜半年程度かかるとされており、毎月の給与のみで生計を立てている人には深刻な影響が及びかねません。

項目

銀行

資金移動業

監督官庁

金融庁

金融庁

許認可

許可制

登録制

不正利用された
場合の補償

預金者保護法
(預金者無過失の場合は全額、軽過失でも3/4は補償)

個社の約款による
(法による共通の保護規定無し)

サイバー攻撃などへの備え

国家の資金決済の中枢機関として徹底的な備えがおこなわれている

銀行ほど徹底されているかどうかの懸念がある

事業者破綻に備えた
保全方法

預金保険制度

供託、保証、信託
(現状はほぼ供託)

事業者破綻時の
保全額

1,000万円を上限

全額

事業者破綻時の
払戻までの期間

数日

最低3カ月~半年程度

何が問題?賃金のデジタル払い|日本労働組合総連合会HPをもとに筆者作成

厚生労働省は資金移動事業者の問題にどんな対策を検討しているのか

厚生労働省では、資金移動事業者に対して次のような規制をかけることで、給与デジタル払いの導入を進めようとしています。(※2)

  • 経営破綻などで債務履行が困難となった場合の速やかな債務保証
  • 不正取引の被害に対する損失補償
  • 少なくとも毎月1回、ATMなどから手数料なく1円単位で換金できる仕組み
  • 業務の実施状況や財務状況を適時報告できる体制
  • 賃金の支払業務を適正かつ確実に遂行できる技術的能力と社会的信用

厚生労働省では、これらの要件を全て満たした業者を給与デジタル払いの担当事業者として指定し、給与デジタル払いサービスを取り扱わせる予定です。
また、要件を満たさなくなった業者は、指定を取り消すこととしています。

※2:資金移動業者の口座への賃金支払について 課題の整理③|厚生労働省

給与デジタル払い導入による企業へのメリットとデメリット

このような給与デジタル払いを導入すると、企業にはどのような影響があるでしょうか。
メリット、デメリットを整理しておきましょう。

1. 企業にとってのメリットとデメリット

企業の立場でのメリットは、給与デジタル払いを選択する従業員が増えると、給与の銀行振込よりも手数料が安くなる可能性があるといったことが考えられます。

また、給与デジタル払いを希望する若手従業員の採用や、定着も図りやすくなるでしょう。なお、利用の仕方の工夫次第では、給与の都度払いや少額払いといったニーズにも対応できる可能性もあります。

一方で、企業にとってのデメリットは、給与の支払い方法の選択肢が増えてしまうことで、事務処理の煩雑化が避けられないことでしょう。
ハッキングなどセキュリティ面のリスクについても考慮したうえで、慎重に検討する必要があります。

2. 従業員にとってのメリットとデメリット

従業員の立場でのメリットは、給与の受け取り方の選択肢が増えることです。スマホ決済に慣れている人にとっては、使い勝手の良いサービスでしょう。
銀行振込み口座からお金を引き出すときの手数料負担もなくなります。

一方で、従業員にとってのデメリットとしては、前述の通り、不正利用されたときの補償が不十分、資金移動業者が破綻した場合の資金の保全が不十分かつ払い戻しまでに長期間かかるといったことがあります。

3. 外国人従業員にとってのメリットは大きい

外国人労働者は、銀行口座開設が困難な人が少なくありません。言語の問題や厳しい審査基準などのためです。銀行口座が開設できないと給与振込ができないので、企業側が雇用をためらってしまうケースもあるといわれています。

給与デジタル払いが普及すれば、外国人労働者も働きやすくなり、企業としても雇いやすくなるでしょう。

給与デジタル払い導入で考えられる社会全体のリスク

給与デジタル払いの導入により、社会全体としてどのようなリスクが生じうるかということも確認しておきましょう。給与デジタル払いに関しては、いまだに不正引き出しやサイバー攻撃への備えが不十分となっています。むしろ、それらの不正行為を懸念すらも想定されます。

この懸念がある意味で現実化したのが、2020年に起こった「ドコモ口座」不正預金引き出し事件です。
NTTドコモ社が資金移動業者として運営している、送金・決済サービス「ドコモ口座」と連携している銀行口座の残高が不正利用されたという問題です。被害は66口座で1,800万円にも及び、スマホ決済における本人確認などの脆弱性をつかれました。

給与デジタル払いに関して、類似の問題が生じないかどうか、慎重な見極めが必要です。

給与デジタル払いは社会全体のデジタル化の貴重な一歩になる

給与デジタル払いにさまざまな問題がありながら、政府がいささか前のめりの検討を進めてきたのには理由があります。社会全体にとって、現金のやりとりが減ることで、現金管理コストが削減されるというメリットが考えられるからです。

これは、未来投資会議の成長戦略「社会全体のデジタル化の推進」として強調されてきたことです。膨大なATM網、現金準備などにどれだけ多大なエネルギーが費やされてきたかは、日本と諸外国との違いが明らかです。

それだけに、給与デジタル払いについては、焦って不十分な取り組みになるよりも、問題点を丹念に潰しながら、着実に定着させていくことが望まれます。

\フォローして最新情報を受け取ろう/

カテゴリから記事を探す

記事を絞りこむ

サイト制作・運営

RPA・アウトソーシング

セキュリティ・アクセス管理

ービジネスに役立つ情報を発信中ー